正直銀行 サッジャ


貧しいと言うこと

マハトマ.ガンジーも言っている「神さえ貧しい者の前には食事時を除いて現われはしない。」と。
これは貧困と言うものが絶望的であることを要約した言葉である。飢えた者たちに取って魂の問題を考えることなど出来ないのだ。

仏教の教えを説き続けている僧侶スビン パネットもこのことが分かっている人間の一人だ。

「長年私は貧しい村や至る所で仏教の教えを説いてきました。しかしその教えは実際面では全く用を為すものではありませんでした。一生教え続けたところで何も良くはならないでしょう。お釈迦様は仏教を知ることで人々が酒に溺れたり、盗みや犯罪を犯さなくなると保証してはいないのです。」スビン僧呂は過去の絶望感を思い出して言った。

明日の食事に困っている人たちに取って地域開発や魂を清める儀式が彼らの人生を良くすると信じることは不可能なことなのだ。

スビン僧呂

スビン僧呂46歳は今年の社会貢献賞に選ばれた4人の中の1人だ。

スビン僧呂はトラッド県で貧しい人々にお金を貯めさせてお互いに貸し借りを行なうシステムを作りあげた。

それはサッジャ.サソムサップ(正直銀行)と呼ばれている。普通の商業銀行では扱ってくれないわずかなお金を貯めあって大きなお金にし、お互いに必要な者に低い利子で貸すのだ。

正直銀行の始まり

8年前1グループで始まったこの貯蓄制度は今では107のサッジャ.グループに増え、会員は2万人なった。そして最初2,3百バーツだったキャッシュ.フローが今では2千万バーツにまで成長している。

この貧しい人の金融交替システムの成功はスビン僧呂の努力に依るところが大きい。

以前彼はお寺の命令でいろいろな場所を 心の修行のため人々の実際の生活を知るため旅をしていた。

たまたま南の地方を旅していたとき運命の出会いがあった。彼はこの銀行の原型となる社会金融システムを運営していた小学校教師のチョブ氏に会ったのだ。

このときチョブ氏は3億バーツの預金高の社会金融システムをソンクラ県に作り上げていた。

スビン僧呂は言う「私は彼の本を読み彼からいろいろ教わりました。
彼は最初生徒たちにお金を節約して貯めることを指導していたそうです。生徒たちは月当たり10バーツ(約30円)をその社会金融グループに貯蓄していました。そしてやがて生徒たちのお金は先生や親に貸すことの出来る程の大きなお金になって行ったのです。」

彼は考えた。10バーツは大した額ではない。でも100人いれば1000バーツだ。金融システムにするにはもっとお金を集める必要があるが集めることが出来れば村の社会を立て直すことも出来るのではないか。

貧しい者たちの状況

スビン僧呂によればタイ人のほとんどは地方出身者で常に借金を抱え多くの差別に苦しんでいると言う。

「田舎出の貧しい者は仕事を求めて家を離れ、共同して生きるための常識や思いやりをなくし人と調和することが出来なくなって来ています。
また物質主義、個人主義と言う言葉を得意げに使い平気で他人を利用するようになって来ています。そしてそれがユスリや高利貸しと言う大きな問題を作っているのです。」

スビン僧呂は貧しい人たちに苦境から抜け出すためには自分たち自身をりっぱな人間に鍛え上げ他人から信頼される人間になることだと教えている。

貧しい共同体の金融機関

「貧しくない社会ではに余剰金を持っている人、お金を借りたい人はお互い知り合いの必要はありません。
彼らは銀行へ行きお金を預け、また利子を払いお金を借りればいいのです.

お金持ちはそのように利用できる金融機関や経営組織を持っています。しかし貧しい人たちには何もありません。これはおかしくありませんか?」

そしてついにソンクラ県の社会金融システムを基に 彼は仏教の教えと社会基準に従った自由な信用共同体のような機能を考え出した。

「正直銀行の目的はお金を集めることではありません。この共同金融システムは人間性を向上させお互いが助け合うことを学ぶ方法の1つです。
私は人々にお金を共同で貯蓄するように説得しますがこれは人々が友好な関係を作り上げることを目的としています。
そしていい友好関係が出来たか否かはお金を借りるとき明らかになるのです。」

正直銀行のシステム

正直銀行のメンバーは一月少なくとも1口10バーツの預金をしなければならない。またお金持ちのメンバーの特別扱いを避けるため1人最高10口までしか預金できない。

メンバーは預金すると直ちにお金を借りることが出来る。担保の必要は無いが預けた金額より多くを借りるとき保証するメンバーが必要となる。

利子はそのメンバーによって決められる。普通1〜2%である。借りた者は分割払いで借金を返すことになる。

そして年末に利子で得た利益は半分はメンバーに還元され残りは社会福祉基金(葬式、お産や病気の治療など)に運用される。

メンバーはいつでも辞めることが出来るが辞めると社会福祉基金を利用することは出来なくなる。

お金の借りる場合は優先順位が設けられている。病気などが第一優先で次に高利貸しへの借金返済や教育などが次に来る。

「村人の中には高利貸しから月40%の利子を要求されても借りる人もいます。そのようなとき利子は前もって引かれます。例えば1万バーツ借りたら6千バーツを渡され次の月までに彼らは1万バーツを高利貸しに返すのです。」スビン僧呂は言う。

運用は公平性を基本に29の規則の基で行なわれている。やってみては失敗し、スビン僧呂と正直銀行のグループは帳簿管理などの財務会計管理を学んでいった。

サッジャ.グループはメンバーから5人〜8人の運営者を選び社会福祉基金から彼らに給与を払う。その金額はメンバー会議で決められる。

スビン僧呂は必ず運営者になるメンバーにはグループに対し正直になると誓わせることにしている。違反者は罰金を含めペナルティが課せられまた村の仲間からの非難を受けることになる。

正直銀行サッジャの村

村長のスウカ氏はこの正直銀行サッジャのおかげで村の経済は良くなり村人の間に協力する意識が生まれたと言っている。「いつもなら身内や銀行から肥料を買う金を借りなければなりませんでしたがこのサッジャのおかげで低い金利でお金を借りられます。そして村の福祉のために社会福祉基金を利用できます。」

彼がグループを開始したとき集まった金は5千バーツだったがいまでは20万バーツを超えメンバーも188人になった。「会議の中でお互いにアドバイスをし合ったり、保証しあったりすることで私たちはお互いを知り合いまた信じることを学びました。」と彼は言う。

サムレー女史は5年前レム.ヒン村でサッジャ.グループを作った。最初は4千バーツで始めたが今ではメンバーも293人に増え90万バーツ以上の預金を扱っている。
「お金を返すときはやはり問題が起きるものです。最初はいろんなことが起きました。あるケースでは全額保証人からお金を取ったこともあります。メンバーはお互いに知り合いですから、もしインチキをするものがあれば非難されます。そして彼がその行ないを続けるならば村八分にされてしまいます。」と彼女は言う。

正直銀行のメンバーが必要なもの

「このような身内共同体の銀行を維持するための鍵は忍耐です。サッジャ.グループはメンバーが自分を鍛錬し他人に対しては辛抱する実践の場所です。メンバーは全ての会議に出席します。さもなければ資格を剥奪されます。彼らはお金を返すためにまじめに働き、良い行ないをして正直に生きようとします。そうすることで彼らの信用が生まれてくるからです。」とスビン僧呂は言う。

メンバーは自分だけで事が運ばないことを知ります。彼らは規則と他人の意見を尊重するようになります。」

正直銀行は村人を貧しさから解き放ち信用を得ることは自分を救うことだと教えてくれた。スビン僧呂はそれによって酔っ払ったり、賭け事をしたり、高利のお金貸して設けたりすることが無くなることを希望している。

全てのサッジャ.グループはスビン僧呂が最終的には管理している。僧侶は各グループの年会議には必ず出席して社会福祉基金などをチェックする。

しかし彼らが必ず成功するわけではない。

正直銀行の問題と仏教精神

「3,4グループ失敗したことがあります。1つはお年寄りが多くて借りる人が少なく利子が稼げなかったときです。またメンバーが漁師や外国人労働者でうまく定例会議が持てなかったときです。」とスビン僧呂は言う。

またある人が政府に公認されていない金融業は問題があるのではないかと尋ねたときスビン僧呂は言った。「お金を節約し貯めることは違法ではありません。我々は1人でなく複数人で集まってお金を節約しあって貸し合っているだけです。誰のものも盗んではいないし誰も傷つけてはいません。お金を貯蓄しなければならない所は銀行だけでしょうか?」

「ある人は”仏教の僧侶がお金を扱うなんて、何と言うこと”だと言います。しかし私は金融業で儲けようと考えてはいません。私は1銭たりともお金を貰ってはいません。グループの人々が自分たちのお金を運用しているのです。全てがオープンで会計マナーを守ってなされています。」

「貧しい人には”お寺のお布施”をあげればもっと良いのではないかと言う人がいます。そのようなことをすれば貧しい人の可能性をダメにしてしまいます。それは人々を物乞いに変えてしまうだけでしょう。彼らはお金が無くなればもっと要求するようになるでしょう。

お金を与えたり食べ物をかってあげる前に何故彼らに食物を作れる土地を与えたり、農業のやり方を教えたりしないのでしょうか?
貧困者に必要なものは経済的援助ではありません。自立出来る基盤と自分を支える経済力を得るための知識なのです。」スビン僧呂は言う。


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