日本の人権について

先月シンガポールでECとアジアの外相たちが集まり経済以外にいろいろな事を話し合いました。その中でヨーロッパ諸国はミャンマの人権問題を取り上げがアセアンに加盟に反対しましたが、アセアン諸国は文化の違いを主張し譲りませんでした。日本人から見るとECの主張が正しいと考えるでしょう。しかし我々日本人は人権をどのようにに考えているのでしょうか?

伊丹監督の話しから考えたこと

2、3ヶ月前、ニュースで伊丹監督の新作品(マーケーットのお話)を紹介していました。アナウンサーが監督に次の作品は何を作りますか?と尋ねると薬害エイズの問題が真っ最中だったせいか「阿部元帝京大学副学長(ご存知でしょうが安全な加熱血液製剤の使用を遅らせた人です。)でも題材にしようか。」と答えました。監督の考えはほとんどの日本人と同じ考えではないでしょうか。ではアメリカ人だったらどう考えるでしょうか。
映画通の方ならご存知かもしれませんが「フェラデルフィア」と言うエイズの社会問題を題材にしたアメリカの有名な映画があります。この映画はトム・ハンクス演じるゲイのエイズ患者とデンゼル・ワシントン演じる弁護士がエイズを理由に解雇した会社に対し訴えを起こし、勝訴する話しです。
最初主人公はエイズを理由に解雇した会社を訴えるためデンゼル・ワシントン演じる弁護士に協力を頼みます。しかし断られます。主人公は1人で病気と闘い、会社と闘おうとします。主人公を見て弁護士も彼に協力して行きます。映画の中の裁判の場面で裁判長が言います。「法の元では人種も肌の色もゲイも全て同じ権利を持ち平等である。」自分勝手の解釈でありますがエイズ患者も同様に平等の権利を持つと言いたいのだと思います。
日本人とアメリカ人のヒーロ
映画の中で主張したいことは別にしてエイズを題材にした場合、アメリカ人は自分の権利を守るため闘うエイズ患者を主人公にし、日本人はエイズ患者を苦しめるまた人々にエイズを広めた悪玉を主人公にしようとしています。(ヒーロになるのはは悪玉をやっつける善玉ですが...。)
アメリカ人やヨーロッパ人は正しいと考えていることに対して1人でも闘いを挑みます。そしてその勇気と行動には回りに人々も賞賛していると私は思います。彼らはとって理不尽と思うことに、自分自ら向かっていく人がヒーロなのです。
日本人の場合は、「時代劇、水戸黄門」で象徴されていると思います。我々庶民は理不尽なことに苦しめられながら(人権を踏みにじられながら)耐えています。中には闘おうとする者も居ますがほとんど無力です。そしてしばらくすると水戸黄門さまが助さん角さんをつれて現れるのです。
つまり日本人に取って人権は与えられているものなのです。それを侵すものがあれば誰かが守ってくれるのです。彼らが賞賛するのは守ってくれた水戸黄門さまです。エイズ薬害問題で言えば、日本国民のヒーロはエイズ患者で薬害エイズを涙をながしながら訴えた川田龍平さんたちではなく、菅元厚生大臣なのです。

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