警察最高指令を左遷

クーデターを行ったときの警察最高司令官が解任された。彼はタクシン首相時代から最高地位にいたがタクシンよりではない。日本の新聞はタクシン派だったため安全保障評議会から地位を剥奪されたように書いていたが違う。彼はクデータを起こしたソンティ将軍派だった。

コヴィット警察将軍が国家安全評議会によって警察最高指令官の地位を剥奪された。この2,3ヶ月間彼の解任が求められていたが国家安全評議会は否定していた。しかしついに彼は警察最高ポストを解任された。

コヴィット警察将軍はタクシン政権時代に警察の最高ポストにつき、このときタクシン元首相の僕として働いていたとも非難されている。彼は去年8月に起こった反タクシン派とタクシン派のショッピングモールでの小競り合いで訴えられている。

9月19日に起こったクーデター後、彼はタクシン元首相にもっとも近かった人物の1人として責任を問われていた。しかし今まで何とか非難をかいくぐり警察最高ポストに居つづけた。なぜなら彼はクーデターの指導者安全評議会議長ソンティ将軍とは軍予備校時代に同級生だったからだ。彼を追い出すことは長い友情関係を破壊し、安全評議会の1枚岩を破壊するかもしれなかった。

またコヴィット警察将軍は枢密院議長のプレム前首相とも国境警備司令官時代から親しかったと言われている。プレム前首相はこの前警察指令を絶賛している。「彼は優秀で正直な人物だ。彼は困難な仕事に立ち向かう良い警察官を勇気付けた。」プレム前首相は言っていたそうだ。

レポートではスラユット首相は安全評議会議長ソンティ将軍とコヴィット警察将軍の仕事ぶりについて討議していたと言う。そして安全評議会議は最終的にコヴィット警察将軍が仕事において改善が見られなかったと判断した。たとえば大晦日に起こった爆弾事件などだ。この事件はタクシン元首相が国際メディアを通し政府や安全評議会議を批判している。

ソラユット首相はプレム前首相を訪れ、この解任について彼の要求を述べたと言う。レポートではそのときソンティ将軍はコヴィット警察将軍にチャンスを与えるように望んだそうだ。しかしプレム前首相は国の利益を最優先するとして解任に賛成した。しかしプレム前首相はこの警察高官を心配して、国家安全評議会のメンバーからはずさないように頼んだそうだ。

国家安全評議会はその後すぐ首相府にコヴィット警察将軍を左遷して国家安全評議会の書記局で10月の引退まで働くようにした。国家安全評議会はコヴィット警察将軍が取り乱さないようにセリピスット新警察司令官が国家安全評議会メンバーになることを遅らせる決定をした。これは多分、国家安全評議会議長ソンティ将軍が彼の同級生ためにしたことだろう。

何故去年無血でクーデターが可能だったか不思議だったのですが警察組織はコヴィット警察将軍がタクシン派を抑えたのでしょうかね。

今回新しく警察の最高ポストに上がったセリピスート警察将軍はどちらの派閥にも属さない実力派だといわれています。しかしコヴィット警察将軍とは犬猿の仲だったようです。


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