PADのソンディは破壊者か愛国者か

空港を占拠したPADの代表者1人ソンディの記事があったので乗せてみました。

PADの共同代表者ソンディ リムトングクルは彼の敵に取っては国を政治的混乱の落とし入れた破壊者である。しかしまた彼はタイの政治闘争を権力者と人民ではなく、国民同士の政治闘争に変えた人間としても受け取られている。

193日間に及ぶもっとも長い反政府デモをPADの共同代表者として続けた彼の活動には賛否両論がある。彼の訴えは群集を先導してタイ社会を2つに分けてしまった。そしてタイを無政府状態へとしてしまった。ソンディはメディア業界の皇帝という肩書きを持っている。彼は分極化するタイを非難し、自らのPADを支援するケーブルTV局ASTVを作った。一方で彼はPADのデモを通して人々にチカラを与えたと認識されている。彼は自分を衰える市民政治に活力を入れた人間と言っている。

彼らの連合体は目的は新しいクリーンな政治を行う国を作ることだと主張し、憲法裁判所によって選挙違反があったと解党を命じられた与党PPP党(国民のチカラ党)を成果とみて、彼らの勝利宣言を行った。

PADは、PPPのサマック首相が国民に選ばれた政府として彼らの要求を強くはねつけたことからデモを開始した。そして5月25日マカワン橋に始まったデモはドンドン大きくなりついに8月26日に首相官邸を占拠してしまった。その後サマック首相からソムチャイ首相に代わったが、デモは11月26日にドンムアンとスワナプーム空港を占拠して、8日後憲法裁判所が与党解党を命じたことで終了した。このときソンディ氏は政府が解散するまでデモが後戻り出来ないように全体意思を導いていたと言う。

PADのメンバーには君主制に反対するものが居るがそれにもかかわらず、軍が彼らの抗議デモに介入しないと宣言したとき彼は歓喜した。 彼は以前、軍が彼の要求を無視したとき彼は冷笑された。タクシン氏を追放したクーデター以前の軍との友好関係はダメージを受けていた。

そしてそのことでソンディ氏が軍に軽蔑や冷笑を向けていた。それが軍の司令官たちを激怒させていた。軍の幹部たちの中にはPADの態度を哀れんでいたものいた。PADは政府を監視するためだけで信念もなにもないと非難していた。そして彼ら行動は自分勝手だと言うものもいた。

ソンディ氏は新聞マティチョンとその姉妹新聞カオソットを口で攻撃した。彼はこれらの新聞がPADに非友好的であるからとボイコットするよう自分たちのメンバーに呼びかけていた。彼を認めるものたちは彼の大胆さに男を感じるものもいたが彼への非難は強まり多くの同盟者たちが去っていった。

PADの最後のデモはドンムアンとスワナプーム空港の8日間の占拠であった。これでPADの指導者たちは200億バーツの被害を与えた。その件で彼はタイ航空会社とタイ空港から訴えられている。

今回PPPに替わり政権を取ったアビヒット首相はソンディ氏に国事に関するアドバイスを貰いたいと政府に参加するよう求めたと見られている。PADの要求はアビヒット首相の民主党の主張と重なり合っている。PADのメンバーたちは新しく政治をリフォームしようとアビヒット氏に支持向かって行った。

しかしPADの熱烈支持者はアビヒット新政府にネビン チッチョブ氏が参加して成立したことに落胆した。そしてPADを脱会してしまう。ネビン氏はタクシン氏のタイ愛国党の幹部で5年間の政治活動禁止をクーデターのとき言い渡された110議員の1人だ。

ソンディ氏は民主党がチカラを持った後、この大物政治家が政権に加わったことで外に置き去りにされてしまった。今、民主党は国民を分極化している黄色(PAD)と赤色(UDD)にも属さない中間の色を主張している。

しかしソンディ氏は混沌とする分極化した政治の中で1つのチカラの支柱として立っている。

何で新聞がソンディを取り上げたか分からない。PADで一番チカラを持っていた人間はチャムロン氏です。彼は君主制を維持することを主張しています。善人ですが余り政治家ではないと言うのが私見です。

私から見るとPADはバラバラな人間の集まりでただ反タクシンということだけが一致していた。貧困者を無くそうとか言ってますがタクシン氏がタイの発展に必要だと言っている大型プロジェクトは反対している。国に良いことと言っているがタクシン氏が作った空港を占拠して国に大損害を与えた。しかしそれが捕まらないのだからタイはどういう国なんだろうと思ってしまいます。


戻り