聴覚障害者の世界

日本では障害者の方はそういう場所に行かないと会えませんがタイでは普通人と同じく何処でも見受けられます。スクンビットで服を売っている聴覚障害者。宝くじを売っている視覚障害者。彼らはタイ人の普通の人と同じように生きています。
彼らを見るとタイ人が彼らを日本人より”差別していない”と思うことがあります。日本人は可愛そうとか障害があるからとか言いながらひとつの場所に彼らを閉じ込めているのではないでしょうか。彼らが何かをやろうとすると障害者だから出来ないと言い、一般人と差別して見ているところがあるのではないでしょうか。我々は彼らがやりたいことが出来る場所を与えているでしょうか。

日曜の午後スラサック ジサテタクル氏45歳がマーブンクローンの百貨店に友人に会いにやって来た。いつものように百貨店は買い物客で混雑し騒がしいが彼は耳が聞こえない。彼は6階にあるフード.センターに向かった。ここは彼ら聴覚障害者たちのランデブウの場所なのだ。多くの友人たちがすでに来ていた。彼らはみんな耳が聞こえない。

彼らはお互い手話で挨拶し、笑った。彼らは入り口から遠くに座り、手を休み無く動かしている。ある者は食事をし、ある者は話している。スラサック氏は言う「彼らは長い間の友人なんだ。こうしてここに集まりはじめて10年になるかな。最初は週に一回、耳の聞こえない者たちが集まる小さなグループからだった。ここへ来てみんなで話すんだ。こんなことが遭ったとかあんなことが遭ったとか、いろんな考えや情報を分け合うんだ。これはとても有効なことなんだ。」

彼らは利用しやすさでマーブンクローンを選んだと言う。最初は10人ぐらいのグループが今では100人になり、フード.センターで座りおしゃべりしている。

「ここにはいろんな物がある。ショッピングも映画鑑賞も食事も出来る。そしてみんなで話し出来るのは楽しいよ。」スラサック氏は笑った。

チャッタラーム タングニヨム氏33歳は家にいてもやることもないのでここに来るようになったという。「家では1人だからね。さびしいよ。テレビを見ててもついていけないから飽きちゃうし、だいたい11チャネルしか手話放送はやらないからね。外で同じ会話が出来る仲間たちと会っているのはとても楽しいよ。」

彼らはここでスポーツ、ニュースそして政治のことも話す。

スワット ウタマペタイさん36歳は今興味があるのは時事問題だと言う。「商売は石油の値段が上がって大変さ。商品を運ぶために石油を使うからどこまで値段が上がったか知りたかったんだ。最新の値段を知らなかったけどここに着たら分かったよ。」

今グループは連絡網を作り、会合をアレンジしている。マーブンクローンでの聴覚障害者の世界は通常5:30PMに始まり9:00PMmで終わる。すると彼らはシーロムのファースト.フードのレストランに移る。そしてコーヒーを飲みながら会合は深夜1〜2AMまで続く。彼らは集まって自分たちのことを考えるようとしている。それはとても幸せなことだ。しかしこの考え方に何人かの親たちが非難していると言う。「障害者たちの親は過保護すぎる。子供たちが外に出て行くことを喜ばないんだ。毎週日曜日に何をしているか知らないくせに 子供たちが騙されているのではないだろうか、悪いことに引きずり込まれてはいないだろうか心配している。特に10代の子供の親たちはそうさ。ある少女の親は20歳を超えるまで外に1人では出さないと言っている。」スワット氏は言う。

しかしある者はこの日曜の会合を一番大切な時間と考えている。アリヤ ブーンナガムさん29歳はしゃべれるがで口で話すときまりが悪いことがあると言った。手話で話すことと違うと言うのだ。「ある日電話を掛けたいとき替わりに私のメッセージを伝え、その応答を聞いてくれるように頼んだことがあります。しかし彼女は”NO!”と言って離れていきました。」

スワットさんは映画が好きだ。しかし彼が鑑賞できるのはタイ語サブタイトルが表示される外国の映画に限られる。「私はタイの映画が見たいのですがタイ語のサブタイトルが出ないから筋が分かりません。」彼は耳の聞こえる普通の人たちが楽しんでいることが自分たちが出来ないことが多いと言う。テレビを見ることも難しい。「もし病気になったら症状を医者に説明するのも困難です。ある保険会社は聴覚障害者の保険加入を認めません。また仕事ももらえません。」

スワットさんの夢は耳が聞こえるようになって社会的障害がなくなることだ。しかしアラヤさんは違った意見をもつ。聴覚障害は利点もあると言うのだ。「私たちは聞くことは出来ないけど手話でコミュニケーションができます。仲違いの原因となる聞きたくないことは聞こえません。そして夜にバイクや車の騒音に悩まされることもありません。」

タイではこのように障害を持つ者同士が集まって、自分たちでグループを作ることができるんですね。日本では福祉課の誰かさんが障害者集めてお世話してあげると言うイメージでしょう。彼は決して障害者たちの仲間になれないでしょうし、所詮お仕事です。障害者たちが何を望んでいるかより、何も問題が起こらない方が大事なんです。障害者はそれを知っている。


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