ボート.難民を放置

ビルマとバングラディッシュに住むというロヒンギャという少数民族がボートで国を逃げ出してマレーシアを目指していました。その難民ボートがインドとインドネシアの海上で発見され、今回の事件が明るみにでました。

この1週間アビヒット首相は人権と法律厳守の立場を述べていた。このオックスフォード大学出の首相は最初は彼の理想について歯切れよく語っていたけれども彼を支援した軍隊はビルマから逃げて来たロヒンギャたち992人の乗るエンジンも無いおんぼろボートをタイ領海外へ牽引して、放置したと国際非難を浴びている。

インドとインドネシアに現れた彼らのボートには生存者たちのよれば、550人が死んだと言うことだ。彼らはすべてモスリムの男性で、タイ軍に殴られたりひどい扱いを受けたと話す。中には手を縛られて海の中に放り込まれた者も4人いたと言う。当然のことながらタイ軍は否定している。

この話題は続いているが、アビヒット首相の人権への責任と彼を支持しているクーデタを起こした軍への彼の配慮に厳しい目が向けられている。彼はこの件の捜査を約束したが、同時に軍は彼らを虐待していないと擁護もしている。

チュラロンコーン大学のティチナン政治科学教授はアビヒット首相は彼の就任にチカラを貸した軍を追求することはしないだろうと言っている。「彼にとって、軍隊は必要なものでもある。彼は生き残るためにファウスト的に軍と手を組まなければならなかった。」教授は言う。

しばらくの間は、彼への政治的な悪影響はタイのメディアの彼への擁護で押さえられていた。「タイ南部のイスラム教ゲリラになる可能性があった。軍は法的に正しく行動した。これはその際起こった不幸な事故だ」

タイの国粋者と仏教徒たちは外国のイスラム教徒とうまくいってはない。混沌とした2008年後、オバマ氏の人気と比較されるが、彼らの間でアビヒット氏は人気を上げていった。

タクシン時代、軍は2004年デモをしたイスラム教徒を捕まえ軍トラックに乗せ運ぶ途中、80人が窒息死する事件を起こしている。タクシンはこのときタクシン派の将軍を叱咤していない。ラマダンで捕まえた男たちの体力がなかったと弁護している。ある分析家によればこれが2年後のタクシンを追い出すクーデターに結びついたと言っている。

アビヒット首相の場合、多くの分析家は彼に好意を持っている。クーデターを除いて、軍はアビヒットに従っている。

前回のタクシン派首相のときアヌポン最高指令官は、政府の戒厳令命令も国際空港を占拠したPAD排除命令も無視した。そして当時のソムチャイ首相に首相を辞めるよう求めている。

「現在の政府に軍の影響がどれだけあるかはっきりしないがアビヒット首相は明らかに軍に対して恩がある。」オーストラリアのタイ専門家アンドリュー ワーカー記者は言う。

このロヒンギャ事件と過去の事件で、軍が調査したくない必要な関連する箇所がある。ロヒンギャ事件で非難さられているのはマナス大佐である。

軍は2004年南部タイで起こったクルセ.モスク事件でイスラム教徒たちと戦闘に入り、30人を射殺した。彼はその責任者だったのだ。その事件で彼は何の刑罰も受けてはいない。

彼は今週行われた聴聞会でロヒンギャたちの事件について、食料を与え、彼らの行きたい方向へ連れて行っただけだと主張している。これは生存者たちの証言と全く異なっている。彼はまた2006年に復活した国家安全実行部隊の一員でもある。この部隊は冷戦中、共産主義者対処のために行動した。

人権グループは「今、首相も含め国家安全保障に関係する組織に立ち向かえるものはいないでしょう」と言っている。「法によって彼を起訴しべきだったのです。今、国際的危機への政府の対応は彼が代わって立ち向かうようになってしまっています。」

昔から軍は国を守るためだと言って勝手に行動していました。非常事態にどうするか彼らに任されているのです。今回の事件も新政府は公になるまで全く知らなかったようです。昔も言いましたがタイの軍隊は王様の軍隊でタイ政府にしたがわなくても良いのです。


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