PADの行動は正しいのか?

PADはタクシン首相時代に5つの民主主義グループがタクシン政権に反対して作った団体です。クーデターで活動は無くなっていましたがサマック政権が総選挙で誕生し再び活動を開始していました。

タクシン政権の傀儡としてサマック政権打倒を掲げていましたが思うとおりに行かないからか、ついに首相の政見放送をする放送局と首相官邸を何千人の群集で占拠してしまいました。

自分たちの主張ばかりしているPADに対しては批判が高まっていました。PADは今回の行動は「最終行動だする。しかし政府は何もできないだろう。」と言っていました。事実政府は何もしませんでした。警察もデモ鎮圧を止められていたのでしょうか。首相官邸が襲われたときも何もしませんでした。しかしこの放映が全国で流れました。

その後政府を追い込むべくプーケット空港の占拠などがありましたがサマック首相はこれも何もしませんでした。ただ彼らの法を踏みにじった行動を非難しました。「私は正式な選挙で選ばれた首相だ。タクシン政権の傀儡と言うが私は私だ。何故辞めなければならない。やめる理由が全く分からない。またPADのやっている暴力行為は法に対する冒涜だ。しかし私は暴力を持って強制的な排除はするつもりはない。」

そして放映を見てきた政府をタクシンの傀儡と見ていた国民に変化が出て来たようです。どちらの主張が正しいのか?

いままでPADはタイで民主主義が10年前始まったときの英雄チャムロン氏をリーダーの1人として、いろいろな人権問題で戦って来た者たちの集まりだと思われて来ました。しかし今回の行動に、彼らを偉い人間だと思っていた人たちにだんだんとおかしいと言う声が上がってきたようです。

8月26日放送局NBTを反政府デモ隊が押し入った。訴えでは拳銃や長身のナイフを携帯していた者もいたと言う。これは人権と言論の自由を守るグループに警戒信号を与えた。但し、このNBT襲撃でメディアに対する暴行などは発生していない。

この抗議行動はPAD(民主主義共同体)によって計画され、政府の発表を早く伝える役割を持っていたNBTが押し入られた。そしてそれと共に国の主要道路が彼らにより閉鎖された。この襲撃は信じられない行為として見えた。なんとバンコク市民と中産階級のタイ人に人気のある反政府グループによって行われたのだから。

PADは常にサポータに言っていた。自分たちは政府への抗議行動で暴力は使わない。しかし今ではこの静の行動では現政権を終わりにすることが出来ないと主張している。

PADを常に見ていたチュラロンコーン大学政治科科ピントップタン教授はこの共同体は構造的憎しみを植え付けられ、タイ社会を分裂させる点では前首相タクシン以上に悪いと言っている。先月のタイポストのインタービューで彼はPADは超国家主義活動グループになってしまったと述べている。

PADの現在の行動は1970年民主主義運動家を粉砕しようとして右翼軍事家が使った戦術、つまり同じ民主主義を名乗るグループを雇い入れ、活動を止めようとした戦術に似ていると彼は言っている。

1976年10月6日タマサート大学近くで学生活動家がそのグループのリンチに合っている。 PADによって敵だと見られたものたちは泥棒とか強盗と同じに見られ、それゆえ彼らの批判者に対し脅しを加える者がグループの適格者だと見られるのである。事実ピントップタン教授の批判が記事になるや翌日PADの演説舞台では彼を単に人気取りにAOP(貧困者組織委員会)で働いていただけの男だとけなしている。

タイの法律でも国連の市民の政治参加の規約でも平和的な活動であればグループを作ることは許されている。基本的な表現の自由もある。しかしながら彼らは政府を襲撃し力を持って従わせようとしている。これは国際社会の基本的人権の尊重にに矛盾してはいないのか?

PADを見ると彼らは2006年タクシン政権のときのように参加グループは幅広くない。PADに参加する市民活動グループは2,3グループになってしまった。その中には広い支持層を持つAOP、NGOそしてSFT(学生タイランド協会)などは無い。SFTは今年初めPADの活動に不満を言っていた。 これはもはやPADが国民の福祉関係などの問題を全く発しなくなったためだ。政府はTVで自由貿易に対する話、タイ南部タクバイの人権に対する話、タクシン時代から続く麻薬問題などを話して、それに市民は感心を寄せている。また福祉政策と同様に経済政策に関係することなどもTVで発表されている。

PADが発している問題は貧困者問題でも少数グループが迫害されていると言う問題でもない。多くの社会評論家が言っているがPADの主要リーダーたちは民主主義の選挙で選ばれた現政権をタクシン政権の傀儡でしかないとして彼らの復讐を恐れ、それを除きたいのだ。

PADのソンティが最近したインタビューでもはっきり分かる。彼は軍クーデターが再度起こっても、民主主義を目指すゴールの過程として彼は考え、非難しないだろう。

今我々は民主主義政治の開発途上の重要な曲がり角にいる。2006年のクーデターでは政治に最小限の軍関係者を入れ、民主主義が機能するよう試みられた。そして今、我々が希望するのはPADによる間違ったキャンペインがタイ民主主義をデッドロックに陥れないようにすることだ。民主主義への誤った近道が合法化へ向かっている。

本当にサマック首相はモブの暴挙に対し口で警告はしますが実行しませんでしたね。警察が可愛そうでした。群集にこずかれているのですから。その後モブが警察本部に押しかけます。しかし警察の催涙弾攻撃であっと言う間に退散でした。多分警察が何も出来ないと思っていたんでしょうね。

最初、私は首相官邸が占拠されて逃げるだけのサマック首相を見てリーダーシップが欠如しているのかと思いました。欧米でも日本でも国営放送局や首相官邸がクーデターでもないのにデモ隊に押し入られたら警官が治安に乗り出すでしょう。しかしこの非暴力主義がPADに対し国民の非難を向けさせることになったようです。


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