カンボジアとの国境紛争

カンボジア国境にプレー.ヴィハーン遺跡が存在する。ここはカンボジアとタイが領土権を争っていたが1962年国際裁判所でカンボジア領と決まった。その後カンボジアの内戦で荒れ果てしまっていたがカンボジアに平和が戻り、タイ側とカンボジア側から遺跡を訪れることができるようになった。しかしカンボジア側からはカメンルージュが埋めた地雷がまだ存在するためタイ側からの見学が多かった。

今年タイは新政権になったおり、この地区の国境線を明確にするためカンボジアと話し合いを持った。この国境線についてはタクシン時代から行われていた。そして5月22日国境線が決まり、タイ政府は国民に発表した。プレー.ヴィハーン遺跡は国際裁判所の決定とおりカンボジア側に属した。

しかしタイ国民の多くはこれに反対した。そしてプレー.ヴィハーン遺跡はタイの領土だと言う運動が始まった。タイ政府はこれを押えることが出来ず、カンボジアと国境について再度交渉することを決めた。そして国境で問題が発生してしまった。3人のタイ人がプレー.ヴィハーン遺跡にタイ国旗を立てようとしてカンボジア領に侵入、捕まったのだ。3人はまもなく釈放されたがこの事件をきっかけにプレー.ヴィハーン遺跡でタイ軍隊とカンボジア軍隊のにらみ合いが続いている。

タイ側ではカンボジアと衝突が起こった場合の避難訓練や、この地域の民間人の軍事訓練を始めている。しかし新聞によれば、衝突が始まったらタイは負けそうである。タイの新聞に「カンボジア兵、士気高し」と言う記事が載っていたので載せて見た。

プレー.ヴィハーン遺跡のカンボジア兵はカンボジア政府の支援やフンセン首相の援助で士気が高い。反対にタイ兵士は士気が乱れているようだ。

カンボジア兵士は喜んで言う「フンセン首相は我々1人1人に100USドルをくれる。また後方支援として首相の所有するピックアップ.トラック10台を出してくれた。」その他にカンボジア兵には国内からいろいろな援助支援がされている。

「カンボジア兵はみんな志願してここに来ている。だから決して退いたりしない。国民みんなが支持してくれるからとてもうれしいよ。そして問題が発生すれば、駐屯地から車ですぐプレー.ヴィハーン遺跡に行ける。タイの軍隊は長い距離を歩くしかないんじゃないかい?またここには飲み水もある。水は豊富で顔を洗うこともできるほどだ。」

タイの軍監視団はプレー.ヴィハーン遺跡の周り4.6Kmはコンディションが最悪で、タイ兵士の士気を鈍らせていると話す。タイ軍はオーバーラップした国境に配置されたカンボジア兵士はタイの戦法を熟知していると言っている。

カンボジア兵は言う「カンボジアとタイは兄弟だ。戦いを望んでいないがもし命令が下れば従うだろう。そして我々は負けない。なぜなら戦いに慣れているからさ。カンボジア人は戦争経験は豊富なんだよ。」もしタイ側がF15戦闘機を使って爆弾を落としたとしてもカンボジア兵とタイ兵は近くにいるからタイ側にも被害が出ると彼らは言う。今このオーバーラップした国境には2000名の兵士が集まっている。

タイ兵をボランティアで世話しているクリワング女史に話を聞いて見た。「私たちボランティア12人は23レンジャー部隊を世話しています。朝3時に起きて8時の朝食を作ります。昼食は11時です。」食料は近くから調達され、米400Kg、鶏卵600個、ソーセージ800袋そして800袋の漬けた魚だ。1日およそ13,000B掛かっていると彼女は言う。「食料は心配ありません。しかし日曜必需品が不足しています。石鹸、歯磨き粉などなど。また虫除け剤も少ないですね。この辺はマラリアの発祥地ですから必要です。」

カンボジアは最初UNに問題解決を申し出るつもりだったようですがアセアン諸国から反対され止めました。アセアン諸国の問題はアセアン自ら解決できることを示すためだと言うことです。 結局タイとカンボジア間の話し合いで解決すると言うことになりました。

理はカンボジアにあると思うのですがタイの愛国者は納得できないようですね。タイ側から見ればこの遺跡はタイが整備して来ましたし観光の重要な収入源ですから。

心配はタイの軍は政府の命令で動かないことでしょう。タイの軍隊は王様の軍隊で、タイ政府は借りているだけ?なのです。ですから問題が発生すれば自ら戦争を始める可能性もあります。タクシン氏が首相のときミャンマからミャンマ反政府ゲリラに向けた砲弾がタイ領土に落ちたとき、すぐにタイ軍は大砲を打ち返しました。タクシン氏はこれを軍の勝手な行動として受け取り、文句を軍に言いました。結局は軍の処置は当然だったとしてタクシン氏が謝り治まりましたが、これは軍の行動を政府は止められないと言うことでしょう。


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